2005年12月31日

父が亡くなりました(7)

気がつけば大晦日です。

年末になってやっとこ人心地着いた感じなので、もうちょっと続き書いてみます。

5日目。

一度寝ましたが、3時頃にはたと目が覚めたので、トイレに行って、喉が渇いたので自動販売機で飲み物の購入をしてもう一度親父の顔見て線香上げました。

で、部屋に戻るとちょっと暖房が効きすぎていた感じだったので、暖房を下げて就寝。

その後、6時頃までぐっすり寝て起床→寒さに震える(笑)

暖房を強くしてニュースを聞き流しながらしばらくまどろむ。

で、顔洗ったり布団上げたりしているうちに目が覚めて来たので、親父に挨拶をしてから冴えてきた頭で弔電を改めて見てみる。

20分ほど見てもやっぱり判断つかないのであきらめて朝食(コンビニのおにぎり)を食べました。

で、そうこうしていたら親戚が会館にやってくる時間が迫ってきたので、慌てて礼服を着て準備。

で、ほとんど予定の時間に親類がやってきて、控え室から出てみると会館の人も準備を始めていたので、そのまま出棺経の準備

で8時半に住職がやってきて、出棺経が始まりました。
こちらは15分ほどですぐに終わって焼香を行い、いよいよ最後のお別れです。

どうも火葬場では時間かけられないようなので、ここが本当に最後のお別れになるらしいです。

まず、命日に納棺して以来初めて棺桶の蓋を開けました。

全身との対面は親類は初めてとなり、さすがに感極まって涙を流す親類。

そのうち、葬儀屋の人が周りに飾ってあった花からいくつか摘んできたのを顔の周りに供えたり、小遣い銭としてお金を足下に備えたりしながらお別れ

で親類と一緒に最後だからと父にさわってみると冷たくなって・・・と言うよりはドライアイスでキンキンに冷えています(;´д`)ノ
(結露とかしてますし)

でも、本当に死んだんだなぁと改めて実感してちょっとぐっときました。

一通りお別れが終わると、いよいよ棺桶の蓋を閉めて釘打ちです。

でも、釘のほとんどは葬儀屋の人が打ってくれたので最後の2本だけ親族が打ち込みます。

まず喪主がと言うことで私が1本を根本まで打ち込みました。

次にその他の親族が残りの1本を打ち込みます。
と言っても形式的に2回ずつたたくだけですが。

で、最後に残った分を再び私が打ち込んで終了。

いよいよ出棺です。

親族は持ち物(遺影とか位牌とか)を持つので事前に決めた順番で持ち物を持って葬送行列を作ります。

ちなみに、順番は次の通り

  1. たいまつ(竹の先頭に赤い紙をつけたもの。親族の代表者が持つ)
  2. 遺影(肉親で2番目に近い人が持つ。母)
  3. 位牌(喪主が持つ)
  4. 骨壺(この段階から持ち歩きます。弟)
  5. 一杯飯(妹)
  6. 団子(親族)
  7. お茶(親族)
  8. お水(親族)
で、棺桶は業者の人が持ちました。

(もっと親族が多ければ親族の男集で持つのだと思います)

で、行列を作って表に出て、整列。

その後、棺桶が霊柩車に乗るのを見守ります。

次に移動ですが、私と母は霊柩車に乗れることとなりました。

残りは25人乗りのマイクロバスですが、時間がタイトなため親類二人に葬儀の準備のために残って貰って、結局バスには6人だけ乗るという謎な状態に(苦笑)

まぁ、その後、渋滞を回避するために火葬場まで裏ルート抜けまくりだったので、下手にタクシー使ってはぐれるよりはまだ良かったよとお言葉貰えたので、まぁ結果オーライと言うことで(苦笑)

で、40分ほどで火葬場に到着。

でも、ついたら前の組の入場が詰まっていたらしく10分ほど正面前で車中のまま待たされました。

で、やっと入れることになって霊柩車から降りて後ろに回ると

「うい〜んうい〜ん」

Σ( ̄□ ̄;

なんか、ステンレスカラーの電動台車のお化けみたいなヤツが棺桶をガッチリつかんで取り出してました。

こんな所まで機械化ですか(;´д`)ノ

っていうか、これはかなりカルチャーショックでした。

で、その電動台車の後をまた葬送行列作ってついていくと、自動ドアの先の告別室に着きました。

そこで、住職からの最後のお経と親類からの最後の焼香を行って、10分ほどで出口(入口とは逆方向にある)から次の炉のある部屋に。

どうも、横を見ると炉と告別室の出口が並んでいて、工場のラインの用になっていて正直萎え。

で、これから焼かれる炉の前に行き、ほんとの最後の別れをしながら、説明を受ける。

「(モノクロ液晶(っていうか電子ペーパーかな)に表示している)お名前に間違いはありませんか?」
「この炉の番号はあとで聞きますので絶対に忘れないで下さい。」

どうも、取り違えを防ぐための確認のようです。

で、最後に「これから1時間半ほどかけて荼毘に付すのでそれまで控え室でお待ち下さい」
「なお、喪主の方だけは10分ほど前に一度来て頂いて確認事項があります」

とのことでした。

で、その後、暇な1時間半がスタート。

親類は飛行機の都合で法要後の会食には出席できたのでここで昼食を食べて、遺族はそのまま暇をもてあましながら待機。

で、親類と無駄話などをしているうちに何とか時間を消化して、館内放送にて私のお呼びが掛かりました。

気を引き締めて葬儀屋の人の後に付いていくと、まず炉の番号の確認。
もちろん忘れるわけないのできちんと確認して、炉から出てくる遺骨を見ると

「・・・」

焼けたばかりの父を目の前にしてさすがに言葉に詰まります。

人の姿まんまは残ってませんでしたが、それでも大きな骨はそのままの場所にあるため何となく全体は解ります。

で、そこでさらに説明があって

  • 「大きな骨は骨壺に入りきらないため、こちらで小さく致します」
  • 「小遣い銭や金物は収骨前にこちらで整理します」
  • 「現在大変厚くなっているため、これから10分ほど冷却致しますが、その前にこの台車の番号を覚えておいて下さい」
とのこと。

だだをこねても仕方がないので、そのまま良きに計らって貰って控え室に戻る。

で、しょんぼりと待つこと10分。
で、館内放送でお呼び出しが掛かっていよいよ収骨に移動です。

なお、葬儀屋の人より「もう控え室には戻らないのでお忘れ物の無いように」との注意がありました。

で、葬送行列再編成して再び葬儀屋の後を追って今度は収骨室に着きました。

まず、入ると同時に小遣い銭がお守り袋に入れられて戻ってきました。
とりあえず、それを預かってお骨の周りへ行く。

私以外の人はここで初めてお骨との対面となります。

ちなみに、この段階で大きな骨は適当な大きさに分けられ&ある程度集められて原型をとどめているのは頭部だけとなっています。

で、二人一組になって並び、ちりとりのようなやつと、収骨用のぶっとくて太い箸を渡されて、セット完了。

まず説明があり、時間短縮のためなんでしょうけど箸渡しは最初の1回だけで残りはそのまま収骨して下さいとの事でした。

あと、のど仏は最後に拾って下さいとのことで最初からちょっと避けてありました。

それから、まだ暑いので日を回すためのコの字型の鉄パイプのなどはまだ熱いので注意して下さいとの説明がありました。

で、最初に私と母とで最初の箸渡しを行います。

それを皮切りに、他のペアも初回だけ箸渡しをやって後は収骨を開始。

まだ熱を持っている台からのむっとする熱気の中ひたすら黙々と骨を拾います。

喪主と言うことなので頭蓋骨の一番大きな固まりも収骨しましたが、荼毘に付した後ではからからでほとんど主さを感じませんでした。

で、かれこれ5分ほど収骨した段階で「細かくなってきましたので、喪主さんにのど仏を拾って頂いて、あとは我々が集めます」とのことで、のど仏を拾って、掛かりの人に任せると、みんなから回収した箸を使って手際よく細かい骨を集め始めました。

それでも5分ぐらいかかってやっと収骨完了。

同時に始めていた骨壺へ納める作業も最後頭蓋とのど仏だけになり、そこも我々は見ているだけでした。

で、最後に「埋葬許可書を骨壺と一緒にしまっておきます。大切な書類ですので絶対になくさないようにして下さい」と言う事と「骨壺は側面を持つと簡単にそこが抜けてしまうので、必ず底を持って移動して下さい」との注意を受けました。

で、骨壺は弟が持ってまた葬送行列を編成してまっすぐ表に出て霊柩車とマイクロバスに分乗して一路元来た会館へ。

っていうか、今度は霊柩車に弟も乗ることになったので、マイクロバス組は5人になりました(苦笑)
(3万円近くするマイクロバスじゃなくてタクシーにしておけば良かったかなぁとちょっと後悔(笑))

Posted by Takuchan at 2005年12月31日 17:03 | トラックバック(0)