2005年12月11日

父が亡くなりました(6)

無事葬儀も終わりました。

その後調べ物などで忙しくて更新できませんでしたがひとまず時系列通りに書いていきます。

と言うわけで4日目。

本日は本通夜です。

とりあえず、まず礼服への着替え。
一応売り場では合わせましたが、ワイシャツなど全部着てもちゃんと着れるかどうか確認するために着てみましたが、問題なく着れました。

その後葬儀屋が来るまでまだ時間があったので、ガスと水道の口座と名義変更の手続きを開始。
で、電話したところ、ここら辺は銀行の窓口にある用紙に記入して提出してくれればよいとのことだったのですが、お忙しいなら記入用の用紙をお送りしますとのことだったので、お願いすることに。

そうこうしているうちに葬儀屋がやってきたので、まずは本通夜の確認と葬儀の打ち合わせ。

この際は葬儀社が用意した「葬儀のしおり」(これは最初の打ち合わせから同じものを使っています)にある、チェックシートをもとに話を進めます(通夜の打ち合わせの時も同じでした)

で、何でも、葬儀の葬送行列には順番があるとのことだったので、それを決めてくださいと言う話や、弔辞や弔電についての説明。
(弔辞については読む人決まってますかと言う話、弔電については30ぐらいまでなら頑張って読み上げますという話)

あとは、精進落としの会食の数の相談(母が父の会社の人に前の日に訪ねたところ困った顔をしていたとのことだったので、余らすのはもったいないので最低数でお願いしました)やお返しものの数の最終確認をして終了しました。

っていうか、今考えるとこの辺りからパニックになっていたと思います

で、午後になると親戚が家にやってきました。

で、それから自宅からの出棺までしばらく世間話を行い時間をつぶす。

で、約束の時間よりちょっと遅れで葬儀屋が到着→うちらと親戚の男勢で出棺となりました。
(遺影、位牌、お供え物などはこのときは葬儀屋にお任せ)

その後、最近多いと言う泥棒対策のためにしっかりと戸締まりを行って、その後、会館に泊まり込むための準備を持って家の鍵を閉めました。

母と妹は父を乗せた車に同乗して、後は主を失った家の車+タクシーで連れだって会館に向かいました。
(このときの運転は叔父にお願いして、私はナビゲートに専念)

で、会館についたら、叔父と会館の人が父の棺を2階の会場に運びました。
(私は荷物を下ろしていました。)

で、まず控え室に荷物を下ろしてから、会場を一通り見てみると、親類や父の同級生が出した花が壇上に堂々と飾られて、壇上の脇にも、父の会社やその同僚の方が出した花が多数並んでいました。

私のところからも1基花がでていましたが、こちらは父の会社の量に比べると申し訳程度と言った感じでした。
(まぁ、規模も違いますし、死んだ本人でもないですからしょうがないですが)

でも、そんなに高くないセット費用だったので、もっとしょんぼりしたものかと思ったんですが、実際見てみるとお供え物の数もあってかなり見栄えが良くなりました。

ひとまずお花を頂いた方々には後で御礼申し上げないといけませんね。

それを眺めていると親戚の叔父より「カメラ無いのか?」とのことだったので、はっとして弟を買いに走らせました。

で、飾り付けも一通り終わったので、まずは焼香です。
このときは線香を使いました。

なお、家で供養としてなるべく絶やさないように燃していた長寸線香は会館では住職さん専用で、会場の方で巻き線香を用意するので、ひとまずご安心くださいと説明受けました(おそらく火災の心配でだと思います)

で、次に通夜の式典の流れについての説明を受けました。

まず、座る場所ですが中央の通路を挟んで右側は遺族・親族席、左側は一般客の席です。

その中でも遺族は最前列、さらに喪主は最前列の中央通路沿いとなります。

で、次に焼香の説明ですが、指名焼香は長くなりますし、故人も本望では無いと思いますので、私と母のみ代表焼香で正面で行い、後はご住職の両サイドの一般焼香台で一気にやってしまうことにしました。

ちなみに、焼香の手順は次の通り
司会に名前を呼ばれたら起立して弔問客に一礼→脇から住職の前の方に回り込んで住職に合掌にて一礼→故人正面の焼香台に立って一礼→焼香→合掌→下がりながら再び住職に一礼→着座前に弔問客に一礼

また、葬儀屋さんより「お父さんの会社から葬儀後の会食に着いての問い合わせがあったので何人かくるようですよ」とのお話。
(やぶ蛇やった?(;´д`)ノ)
と言うわけで、この段階で5人分増やして頂くことにしました。

足りなくなると言うことは避けたいですし、余るようなら明日手伝いに来るYにも食べてもらえばいいやと言う発想で5人分という人数にしました。

で、受付開始まであと1時間ぐらいあったので、まずは壇上の写真(写るんです&洋ぽん)を取りました。
(お花の名前札などの写真を取っておくとお礼状などの際に使えますし)

あと、父が亡くなる前日に何を思ったか洋ぽんのカメラで父の写真を2枚ほど撮っていたのを思い出したので、それを親戚に見せたところ「やっぱりやつれているねぇ」とのこと。

確かに、夏から死ぬ2週間ぐらい前までヒゲを伸ばしっぱなしでしたし、死後は納棺士の方に綿で顔の線を整えていただいたので、今の父には病気の頃の面影はあんまり無くなっています。

そんなこんなで小休止をしたり、叔父に自分の携帯カメラで撮影する方法を伝授したり、各種確認をしていたらあっという間に経過。

叔父より「受付の人来たみたいだぞ」と言われたので、1階に行ってみると受付の手伝いをお願いした友人Kだったので、二人で受付の説明を葬儀社さんから聞きました

で、それを聞いている最中にお手伝いをお願いした、父の会社の方々も到着したので、改めて説明を聞きつつ、受付の準備。

ちなみに、受付では芳名録&香奠帳がありましたが、金額書き入れてもらうのもその場で確認するのも賤しかったので芳名録のみ使用→香奠帖には後ほど転記という形にしました。
(入ってなかった場合には気持ちだけ頂いたと言うことで(苦笑)

なお、芳名録に一意の通し番号を振って、それを頂いた香典袋に書くと楽という話で(確かに整理の時に楽でした)、さらにここら辺の古い風習か、糸の着いた針で香典袋に穴を空けて、散らばったりバラバラにならないようにするといいとのことだったので、受付の人にはそのようにしていただきました。

で、この段階で大問題が発覚。
香典返しが足りなくなる可能性が勃発しました(;´д`)ノ

と言うか、父の会社から手伝いにきてもらった受付の人が持ってきた香奠に「○○営業所 17名」「○○営業所 8名」と言うのがあったのが鬼門。

会社関係50と見積もっていたのに、この段階で半分でていたので破綻は確実。

さらに自分が今行っているところの人もかなり来るという読み違えがあって完全に終わったので、葬儀屋のSさんに泣きついて通夜の終わりぐらいまでで何とか補充してもらえるように手配しました。
(あれほど「足りますか?」と聞かれた居たのに、言うこと聞かないで本当に申し訳ありませんでしたm(__)m )

さらに、親族に一度渡した香典返しを一度返していただいき(変な表現ですね(苦笑))、急場をしのぐことにして、弔問客に挨拶などしている間に開始の時刻。

喪主席に腰掛けて住職の入場と読経待ち。

そして住職が入場、
「オンキリキリバサラウンハッター」
しめやかに読経が始まりました。

読経が15分ほど続いた後に焼香へ。

何とか手順通りこなし着座→一般焼香へ
来賓客が会釈をするのにいちいち礼を返しているうちにあっという間に終了。

で、次はいよいよ喪主の挨拶かと思ったら、なんと住職からのスピーチでした(苦笑)

で、住職からありがたい言葉などを聞いた後、住職が退場し、いよいよ喪主からの御礼の挨拶となりました。

この挨拶文、葬儀のしおりに例文が載っていて、葬儀屋曰く「8割ぐらいの方はこのまま読み上げます」とのことだったんですが、友引挟んで中2日もあったのに例文のままではもうしわけないと言うことで、用意した原稿に住職のスピーチ内容も絡めつつ御礼の挨拶→通夜振る舞いの案内をいたしました。
(これは評判良かったようで、親戚からもお褒めの言葉を頂きました)

で、この次は通夜振る舞いです。

ただ、予想していた数より5割ぐらい弔問に来ていただいた方が多かったため、準備に若干時間がかかったので、その間いらっしゃった方とさらに挨拶などを行いながら準備の出来た席に着座を促します。

弔問客の皆様に座っていただいたのを確認してから親類は着座。
(親戚の方のうち数名は遠慮して控え室に引き上げてしまいましたが)

っていうか、予想外の来客で親戚の座った島は深刻な食糧不足に陥りました(爆)
(20人前のところに三十余名来ちゃったんで完全にやられた感じです)

しかも、そこに住職をお呼びしたもので、申し訳ない感じ炸裂。

なので、住職と親類が15分ほど会話している最中に酒を頂きつつ脳内反省会

その後、住職がお帰り→エレベーターまでお見送り

で、その次、弔問客の席の方に挨拶に出かけたところ見事に捕まったので、その席でお酒と父の話を聞かせていただきながら20分ほどすごす→弔問客の皆様もお帰りになられるので、皆さんを階段までお見送り→やっと一息です。

で、その後親類席に戻ったら、もと居た席は控え室から出てきた親類に埋められていたので、残っていたもらった友人Kの前の隅っこの席で夕食の続き

で、その後親類と友人Kと酒を交えながら他愛の無い話をして、20分ほどが終了。

料理も大体無くなったのでお開きとなりました。

ちなみに、飲み物は空けた分だけの精算で、ラーメン屋程度の価格設定だったので常識的な量ならほとんど負荷にならない程度です
(実際15000円ぐらいだだったようですし)

で、会館には4人分の布団しかないため親戚はタクシーでホテルに戻ることに。

なお、友人Kには御礼の言葉と志(3000円)を渡して帰っていただきました。
(ほんと助かりました)

で、最終的にはオードブルちょっと余る程度だったので、量的には無駄が無くってちょうど良かったようです。

まぁ、見た目は悪かったですが、ご飯余らせるほどうちは裕福では無いので、ある意味ポリシーに沿った通夜が出来たようです。

量と言えば、通夜振る舞いの途中で葬儀屋の方から父の会社からの出席者は4人との連絡があったので、こっちの読みもほぼ正解のようです。
(友人Yにはタイヤ交換などでもお世話になってますので1万ぐらいの精進落とし&引き出物セットは出しても罰当たりませんし)

で、後片付けは会場の方にお願いして、若干の余りを頂いて控え室に引き上げ。

とりあえず、礼服を脱いでほっと一息。

でも、さすがに疲れのせいか酔いも早かったので、弟にお茶など買いに行かせて、その間に弔電のチェック。

どうも、おじさんが弔電のソートまではやってくれたみたいなので、最終確認

・・・?

訳わかんねぇ_| ̄|○

○○一同系の弔電が多かったのですが水戸と宇都宮とどっちを先に読んでいいかなんて判断つかねぇよ(*´д⊂)

20分ぐらい悩みましたが、結局分けわからんかったので父の会社関連は明日会社の人にお願いすることにして、自分関連だけ整理して終了

そうこうしているうちに、弟が帰ってきたので、お茶を飲みつつクーリングダウン。

ついでに、友人Yに連絡をして明日の都合の確認とやってもらうことの連絡などをしました。

で、親父に就寝前の挨拶を行って、布団を引いて就寝・・・枕が変わったのと明日の緊張などで寝られませんが?(;´д`)ノ

なので、トイレに立ったり、自販機まで飲み物買いに行ったり、親父の顔見に行ったり、今日のことを家族と話したりして12時ぐらいまでわたわたしているうちにやっと眠気が襲ってきたので入眠。

Posted by Takuchan at 2005年12月11日 00:05 | トラックバック(0)