2005年12月03日

父が亡くなりました(3)

なんでこんなのまとめているかというと、頭が混乱しているから整理に他なりません。

文書にすることで見落としを探るのは有効手段だと思います。

ではこちらの続き

とりあえず、最初の手続きが一式終わると
「まだいろいろとご相談しなければならないことがありますが、ご家族の方もお疲れでしょうから今日はこれで帰らせていただきます。」
とのこと。
正直、これ以外に決めることがたくさんあるのかと思うとげんなりしますが、致し方ありません。

なお、打ち合わせの最中に
「遺影用の写真ってありますか?」
「デジカメで撮影したものならあります」
「あぁ、デジカメで撮ると画質が悪いので、出来ればスチール写真ください」
無理ヽ( ´ー`)ノ
我が家からスチール写真撲滅されて5年以上経ちますし、そもそも写真撮る文化の無い家なので、デジカメ以外ありません。
っていうか、40代の頃の写真遺影に使うのもどうかと思いますし。

あと、棺桶は標準サイズの標準的なものを選んだためか
「夕方には届きます」
ちょっぱやです。

なお、その際に簡易祭壇(段ボール製・無料)を設置するので、供物用意しておいてくださいとのこと。
また、毎朝白玉団子を作ってお供えしてくださいとのことなので、早速、弟と妹に夕食と共に買いに行ってもらいました。

で、納棺に辺り「介護用ベッド何とかしないとまずいですね」とのこと。

で、Sさんがお帰り後、母親に介護ベットの業者に引き取りに来させるように依頼→納棺の辺りに来ていただける様手配
(業者さん、土曜日なのに無理聞いてもらって本当にありがとう)

併せて、デジカメの画像を探し出して印刷→こういうときに限ってインク切れ多発で思わぬ時間ロス

次に、改めて親戚に連絡、そういうときに限って携帯に親戚からWX310SAに電話が来てダブルブッキング(苦笑)
パニックになりました。

で、やっと1時間ほど時間が出来たので、父が闘病中に食べていたウイダーinゼリーの余りを頂いて燃料補給

親は、父の会社に連絡、自分は自室から忌引きでしばらく休みますとの旨の連絡を各所に行いました。
(この際、WX310SAで掛けまくっていたんですが、なんかしょっちゅう無音落ちして京ポンとの違いは切れる前のがさがさ音が無いだけじゃないかという気がしました)

で、話は戻って、1時間ほど経ったときに棺が届いたのですが、当然のようにある介護用ベッドが邪魔で困る。

とりあえず、父をベッドからおろさないと始まらないので、おろすときに力を貸したところ、死後硬直が始まっていて足はもう棒のようでした。
ここら辺で「あぁ、本当に死んだんだなぁ」と実感

で、葬儀屋の人も手慣れたもので、介護用ベッドぐらいならば何とかばらせそうだからとてきぱきと15分ほどで解体→置く場所もなかったので協力して表の雪で濡れないところに移動しました。

その後、皿4枚と「米」と「塩」と「味噌」を一掴みずつラップにくるんで用意してくださいとのことだったので、言われるがままに用意→渡したところで介護ベッドの回収業者が到着→表に出したことを謝って事情を説明して撤収していただく→戻ったところ、家族が集まって死に装束への着替えを始めていました。

なお、朝に買った浴衣はこの段階で脱がされて、最終的に棺桶に入れられました。

また、「時間掛かりますから足崩してお座りください」とのことだったので、お言葉に甘えてそうやって座っていました。
(正座はニガテです)

で、死に装束に着替える際に足袋や足や手に付けるヤツ(今風に言うと靴下と手袋。なんて言うんでしょうかね?)とわらじは家族が結んであげてくださいとのことだったので、一緒に結びました。
もちろん死に装束なのですべて縦結びです。

あと、わらじと足袋の間に隠し銭として紙銭を入れて、先程の米・塩・味噌を入れた袋を肩から提げて死に装束は完了

次に、死に化粧ですが、ヒゲや鼻毛を剃っててきぱきと作業を行いました。
(この際に病院で鼻などにした詰め物は取ったみたいです)

で、死に顔を拭くときだけ家族が協力

後は、ほとんど見ているだけでした。

ちなみに、作業中は法鈴を絶やすことなくならしていました。
(数十回たたいていたんじゃ無いかと思います)
また、二人でやってきたうち、もう一人の方はこの間外の飾り付けと家具などを隠すための幕の設営などをやっていました。

で、一式終わり、ついに納棺となります。

まず、棺桶が運び込まれて葬儀屋がいろいろとセットアップ→で納棺時は私と弟も力を貸して、父を棺に納めました。

その後は、簡易祭壇の設置や焼香台の移動などなのでお任せして5分ほど休憩。

戻ってみると先程渡した皿が供物置き場として利用されて、祭壇が完成していました。
っていうか、柄など全く違うのしか無くてそれを渡したのでひどくみすぼらしい状態に(;´д`)ノ

明日買ってこないとなぁ。

あと、この段階で遺影用の写真は渡しました。
できあがりは明日のようです。

で、気がつけば表に電気灯籠設置されましたが、うちは屋外に電源が無いため部屋から延長ケーブルで設置することに→窓の鍵が閉まらなくなりました

なので、一式終わって葬儀屋がお帰りになるなった後に、鍵が閉まるようにサッシに細工を始めたら、枕経を上げに住職登場

そのまま読経となりました。

なお、住職の宗派は真言宗(密教)とのことで、「オンキリキリ・・・」で始まり般若心経まで読経していただきました。
(正座がつらかったです)

あと、読経中にメールが着信してしまい、家族の視線が痛かったです。
(マナーモードを忘れずに)

ただ、俗名のままなので父の名前が入った読経はちょっと違和感を感じました。
ご高齢の方がいるおうちではやはり戒名は付けておいた方がよいかと思われます。

その後、片付けと衣のお召し替えの間、雑談を行い、改めて生前の父について、お話を伺いました。

その際にいろいろ言われましたが印象に残った言葉として
「形式よりも心が大事なので、どうぞ自分の好きな形で祈ってください」
と言う主旨のお言葉。

常々考えていた自分の考え方と非常に近いので感銘を受けました。

こんな住職さんなら戒名付けて後10万払っても良かったかもしれません。
っていうか、次回があればそうしたい。

で、枕経のお布施もお渡しして住職さんは帰宅。
やっと晩飯にありつけました。

で、食べ終わった辺りにチャイムが鳴り、でてみると父の会社の方が弔問に。

「こっちはまだ何も整理できてないんだ、帰れ(;´д`)ノ」
と言うわけも行かずにばたばた対応。

お願いですから、命日の日は飛び込みで弔問にこないでください。
パニクっておりますので、よく知らない人が飛び込みで来られるとむしろ邪魔です。
(特に通夜まで日取りのある場合は)

で、焼香を上げていただいて15分ほどお話しした後、お帰りになりました。

すると今度は、合間にメールを入れた私の友人のYが飛び込みでやってきました。

ただ、こちらはよく知っているので気楽に話せたのと、待たせても全然気兼ねが要らなかったので、精神的にも手順確認としても大変助かりました。

喪主の知人は早めに一人訪ねていってやると喪主の準備の役に立ちますので、ご検討ください。

つうか、Y、マジでありがとうm(_ _)m

で、今日の弔問客はここまでで現在に至ります。

書き忘れ多そうですが、明日も早いのでひとまず寝ます。

お休みなさい・・・

Posted by Takuchan at 2005年12月03日 23:43 | トラックバック(0)